九十六歳の祖母、「庭の金柑をむしれ!」と、孫に命令する
早朝、まだ私は、二階の自分の部屋で布団の中にいて、ぼんやりテレビを見ていました。その時、一階の和室の方から、祖母の私を呼ぶ声がしたので、仕方なく、布団から出て、階段を降りました。
ふと縁側の方を見ると、そこには、九十六歳、ほぼ認知症の祖母が、三匹の飼い猫と、仲良く戯れていました。そして、私の顔を見つけると、自分で大声を出し、呼びつけた癖に、「ちょうど良かった」と言いました。
下記の会話文は、その後の祖母と私の、本当に、どうでもいいやり取りです。
「庭に金柑がなっている」、「知ってる」、「むしったらいい」、「どうせ、誰も食べない」、「このままじゃ、盗まれる」、「誰も盗まないし、盗んでくれた方が、取る手間が省ける」、「むしったらいい」、「何のために?」、「砂糖で煮る」、「誰が?」、「私が」、「火なんか使わせない」、「じゃあ、お前が煮たらいい」、「どうせ、無駄になる」、「ならない」、「なる」、「むしったらいい!」、「・・・」、「むしれ!」、「・・・・・・」
という訳で、私は祖母の命令通り、前庭にある金柑の木から、百個くらい、その実をむしり、コンビニの袋に詰め、それを祖母に差し出しました。
祖母は、満足そうな表情で、その金柑を洗いもせずに、口の中に入れ、長々と、クチャクチャやり出しました。
「甘いけど、弱っている」と、祖母。
「うん、旬じゃないからね」と、私。
「砂糖で煮れば関係ない」
「・・・?」
という訳で、祖母の命令通り・・・といきたいところですが、私も、そこまでは付き合いきれないので、「金柑は生で食べた方が健康に良い」などと、いい加減なことを言って、何とか、祖母を言いくるめることに成功しました。
今、祖母は昼食を食べ終え、デザート代わりに、今も洗っていない金柑を、口の中で、長時間、クチャクチャやっています。
ついさっき、私が、コンビニの袋に入った金柑を洗ってやろうとすると、祖母は、何を勘違いしているのか、「まだ、なっている。自分で取って来い」と言いました。
「ババア、それは、こっちの台詞なんだよ!」というのは、もちろん、私の心の声であって、音声化された発言ではありません。