詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

就活家族~きっと、うまくいく~ 最終回・直前レビュー

 

  テレビ朝日「就活家族~きっと、うまくいく~」、テレビガイド雑誌の紹介記事を読む限り、現代の世相を反映させた、骨太の社会派ドラマかと期待して、私は毎週、録画していました。

 

 そして、最近になって、第一話から第八話までを、三日かけて観て、本当に驚きました。せっかく、主演が三浦友和で、その妻が黒木瞳で、その他の出演者も、段田安則やキムラ緑子や木村多江や新井浩文など、脇役としては申し分ないキャストが揃っているのに、やってることは、昼間に、どこかのテレビ局でやってそうな、主婦向けメロドラマでしかありませんでした。

 

 しかも、A級メロドラマとして評価するにはパンチ力不足の、B級メロドラマでした。おそらく、このドラマが、初回以降、視聴率が落ち続けたのは、社会派を期待していた視聴者が離れていったからで、終盤に少し数字が上がってきたのは、「メロドラマとして見れば、見れないこともない」という評価が、ドラマファンに浸透したからでしょう。

 

 就活と家族愛がテーマで、三浦友和演じる、富川洋輔が失ってしまった、自分が誇れる仕事、幸せな家庭、それを取り戻すまでの再生物語というやつなんでしょうが、本当のテーマは、就活じゃなくて、恐喝なんじゃないか?と疑われても仕方ないくらい、毎週、誰かが恐喝されています。

 

 それも恐喝されたところで、開き直ってしまえば、それでウヤムヤになってしまうようなネタばかりで・・・。

 

 中でも、黒木瞳演じる富川水希が、自分の勤めている学校の女子中学生に、ホストクラブから出て行くところを偶然、目撃され、脅されるエピソードは印象的でした。

 

 結局、学校側に水希のホスト通いがバレて、職員室で校長に問い詰められた時、彼女は、「男の先生がホステスのいる店で飲んでも、咎められることはないのに、女の私がホストのいる店で飲んだら、なぜ咎められるんですか?プライベートに、自分のお金で何をしても自由じゃないですか?別に、法に触れている訳でもありません」と、このドラマでは珍しい、説得力のある正論を述べるのですが、それが分かってるなら、恐喝してきた女子中学生にも、安易に金を渡さず、同じこと言えば良かったのに、と思った視聴者も少なくなかったのではないでしょうか?

 

 主人公の洋輔も、妻に負けず劣らず脅され体質で、序盤と終盤に、同僚(木村多江演じるストーカーまがい)との不倫(セクハラ?)疑惑で脅されます。

 

 どちらのケースも「マスコミに公表するぞ!」と、脅されるのですが、大手とはいえ、いち鉄鋼会社の人事部長の不倫疑惑なんて、一体、誰が興味を持つのでしょうか?

 

 更におかしいのは、息子の就活塾の塾長による、この不倫疑惑をネタにした、二度目の恐喝です。この時の洋輔の社会的立場は、清掃会社のアルバイトでしかないのに、「マスコミに公表するぞ!」と脅されたところで、一体、何を恐れる必要があるのでしょう?

 

 また、現代の日本のエリートビジネスマンを象徴する産業が鉄鋼というのは、どういう意図の選択なのでしょう?鉄鋼が、いつの時代も、あらゆる産業(特に建設や製造)の中心的役割を担っていることは間違いありませんが、それゆえに、昔ながらの産業の代表で、正直、今時感は全くないと思うのですが・・・。

 

 もしかして、「エリートビジネスマン、それは商社」、「今時感でいけば、金融やIT」という選択をすると、「また、世間知らずの日本のドラマ脚本家が、安易な設定をした」と批判されると考え、一周回って、鉄鋼なのでしょうか?

 

 私の個人的意見を言わせてもらえば、普通に、商社で良かった気がします。商社は「何でも屋」みたいなところがあるから、色々な分野と繋がっているから、就活をテーマにしたドラマでは、各キャラクターのエピソードを絡ませるのに、便利だったはずです。

 

 尤も、このドラマは、何の繋がりもない話を、力業で繋げてしまうことを、何とも思っていないようなので、リアリティーのある繋がりなんて、意識する必要はないのかも知れません。

 

 ちなみに、このドラマで、キャラAとキャラBのエピソードを絡ませつつ、次のストーリーを展開する時、最も重要な接着剤は、偶然による目撃です。

 

 とにかく、この場面で、AはBにだけは見られたくない、この事実を知られたくないという時、Aは必ずBに目撃されてしまいます。半分は偶然、半分は追跡によって・・・。

 

 また、このドラマの偶然力を最も象徴しているのが、段田安則が演じる天谷というキャラクターです。洋輔が公園に行くと、必ず会えることになっています。絶対に、空振りすることなどありません。

 

 視聴者の側が、「ドラマではやってないけど、二人はケータイの電話番号の交換をしたのだろう。それで、例の公園で会いましょう、と連絡を取っているのだろう」と、気を使ってあげることで、解決する問題ではありますが・・・。

 

 あるいは、天谷は、職を失っただけではなく、離婚して家族を失っただけではなく、住む家も失って、あの公園で、ホームレス生活をしているという設定なのかも知れません。それなら彼は、かなりの確率で、公園にいるでしょうから「三浦友和が、あの公園に行けば、段田安則」という状況設定も、さほど無理はないでしょう。

 

 それから、就活というワードがタイトルに入っている割には、このドラマは、現実の就活には、何の参考にもなりません。富川家の人間が、新たな仕事を始める時は、必ず、誰かのツテかコネです。さも一般の就活中の学生や、その他の無職の人間から共感されるなんてことは、まずないでしょう。むしろ、「日本がここまでコネ社会なら、努力したって無駄だ」と、就活する気が失せている学生も、いるかも知れません。

 

 最後に、このドラマが「真夜中の昼メロドラマ」として、A級になれない原因について話したいと思います。

 

 それは、洋輔と木村多江、洋輔とキムラ緑子、水希と引きこもりになってしまった少年、水希とホスト、水希と花屋の店長など、性的な関係になってもおかしくない、少なくとも、そういう通俗な展開もアリなのに、結局、夫婦共に真面目という設定が、A級メロドラマになり損ねていると言えます。

 

 作り手の品位の表れ?というより、私は、作り手の客観性のなさの表れだと思います。どう解釈しても、過度な御都合主義に支えられた、ただのメロドラマなのに、何とかして「社会派ドラマに仕上げたかった」という、作り手の願望が、このドラマのコンセプトを惑わせ、「A級メロドラマ」として、多くのドラマファンから、カルトな人気を得るチャンスを、逸してしまった感じがします。

 

 第一話の、現実にはいるはずのない、ムチャな銀行の頭取の息子なんて、リアリティー軽視のメロドラマのキャラクターとして考えれば、かなり良いものを持っていたと思うのですが・・・。

 

 あと、ちょっと余談になりますが、前田敦子演じる栞が、高名なブランドのデザイナーに、自分のデザイン画を売り込むシーン、最初は「絵の巧い小学生の落書き」みたいだったのに、次に来た時は、「絵の巧い高校生の落書き」みたいになってましたね。

 

 おそらく、一度目と二度目の間に、大した日数はなかったと思うのですが、人間の成長って、本当に早いものですね。

 

 

 それにしても、今夜の最終回、本当に楽しみです。

 

「恐喝被害家族~きっと、明日もゆすられる~」

 

 皆さん、今夜の放送を、絶対に見逃してはいけません!

 

 見逃したら最期、あなたを陥れる恐喝のネタを持った新井浩文と木村多江が、あなたの家にも、やって来るかも知れません・・・。


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