九十六歳・認知症の祖母、ヒッチコックの「鳥」みたいな話を語る
今日は土曜日で、家族が何人も家にいるので、私は、病気の母の看護も、認知症の祖母の介護もする必要がなく、夕方、ゆっくり、買い物でもして来ようと、玄関を出ました。
すると、縁側の前の芝生に座り込んでいた祖母が、私を呼び止めてから、「大変だ、鳥が飛んでいる!」と、大きな声で言いました。
「鳥は、たいがい、飛ぶものだよ」と、私の、つれない返事。
「上、上!何匹も飛んでいる!」と、空を指差しながら、本気で何かを怖がっている祖母。
「私には、鳥なんて見えないけど」
「見えない?じゃあ、鳴き声は?」
「聞こえない。たまに、猫の鳴き声が聞こえるだけ」
「猫じゃない、鳥だよ。家の中にもいる」
「いる訳ない」
「二羽か三羽いる。追い出さないと、家の中には入れない」
「どんな鳥?」
「名前は分からないけど、大きい鳥だから、猫なんか、簡単に連れて行かれる」
「大丈夫だから、もう、家の中に入ってもらえるかな?少し、寒くなってきたし」
「鳥の嘴で頭を突つかれるくらいなら、ここで寒い思いした方がマシだよ」
「私、これから買い物に行くんだけど。A地区方面へ」
「A地区?」
「何をそんなに驚く必要がある?いつも行ってるよ」
「今、あそこは鳥だらけだよ。危ないから行かない方がいい」
「何でそんなこと、祖母さんが分かるの?」
「ラジオでやってたんだから、分かるよ」
「そんなニュース無かったよ!(あったとしたら、フェイクニュース。四月一日だったら、エイプリルフール)」
「とにかく、買い物なんて、明日にしたらいい!」
「とにかく、絶対に行くから、早く家の中に入って!」
もう、まともに、祖母の相手なんかしていられないと感じた私は、祖母を強引に縁側まで引っ張って、家に上がらせ、「ほら、家の中に、鳥なんていないでしょ?」と、同意を求め、何とか納得させ、窓サッシを閉めました。
すると、祖母は窓越しに「私のラジオ、持って行くか?」と、心配そうな顔で、私に訊いてきました。
「・・・車に付いてるから、必要ない」
「鳥に気付かれないように、ゆっくりと、音を立てずに行け」
「・・・うん、そっちも、気を付けて」
こうして、私はようやく、自分の車に乗り込んで、キーを回し、アクセルを踏み、家から脱出することに、成功しました。
アルフレッド・ヒッチコックの名作「鳥」のラストシーンと、今の自分を、重ね合わせながら・・・。