詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

NHK・朝の連続テレビ小説「ひよっこ」は、面白いという感想です

 

 NHK・朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の第一週を観ました。視聴率的には、やや物足りない結果に終わったそうですが、私個人の感想を言わせてもらえば、近年の朝ドラで、「最も良く練られ、最も良く仕上げられた第一週」だったと思います。

 

 特に第一話は、登場人物を紹介しつつ、それぞれの性格も表しつつ、時代背景(六十年代)や、地域性(茨城の山奥)も説明しつつ、それがあまりくどくなく、大きなオチも用意してあり、ほぼ完璧なスタートだったと思います。

 

 そして、ネットなどでも話題になった第六話の「十五分丸ごと稲刈りシーン」も新鮮でしたし、さしたる違和感もなく、このドラマのテーマや雰囲気を象徴していて、第一週の最終話として、相応しかったと思います。

 
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「あの時代の、あの辺りの稲刈りは(あるいは、生活は)、もっと厳しくて、あんな楽しそうなものではなかった」みたいな意見もあるようですが、別に朝ドラは「歴史ドラマ」ではないので、気にする必要はないと思います。

 

 歴史ドラマだったところで、フィクションはフィクションですし・・・。

 

 第一週で登場したキャラクターの中では、もちろん、ヒロインのみね子も良いのですが、親友の時子と、妹のちよ子が、かなり良い味を出していたと思います。どちらも、特にみね子と絡ませた時、大きな笑いを巻き起こします。

 

 これから、みね子にとって、ちよ子は茨城にいる時の相方、時子は東京にいる時の相方となり、それぞれ、違った種類の芸風で、我々、視聴者を笑わしてくれることでしょう。

 

 このドラマの作者である岡田恵和氏は、東京では同級生の三男、茨城では弟の進を入れて、トリオで笑いを生み出そうとしていたと思われますが、女性陣が(おそらく)想定以上のキャラだちをしているので、現状では、男性陣がオマケのような存在に・・・私個人の意見に過ぎませんが、オマケにテコ入れして、無理やり存在感を出させるよりも、キャラだちしている二人の方を、どんどん、使い込んで欲しい気がします。

 

 

 今後のひよっこの展開ですが、まず父の実の失踪理由ですが、どんな理屈を付けても、ネットで「あり得ない!」と批判されるでしょう。

 

 実の弟、宗男の戦争体験を、どこかで披露することになるのでしょうが、取り扱いによっては、ドラマの雰囲気を壊し、視聴率的にも火傷するでしょう。

 

 妹のちよ子か、弟の進のどちらかは、やがて、東京で働きたいと言い出すでしょう。

 

 長ければ、半世紀以上の月日が流れる朝ドラの宿命、序盤に老人として登場したキャラ(古谷一行演じる茂)は、中盤から終盤にかけて、必ず、脚本家に殺されるでしょう。

 

 私としては、百十歳まで茂が生きて、奥茨城村の長寿記録を塗り替えました、みたいなことをエピローグでやってくれた方が、斬新で面白いと思うのですが・・・。

 

 一話丸ごと「稲刈り」がありなら、一話丸ごと「田植え」、一話丸ごと「田舎の葬式」、一話丸ごと「田舎の結婚式」、一週かけて「田舎の選挙」もある気がします。

 

 女優志望の時子は、上京後、どの程度、成功するのでしょうか?所属事務所の方針で、アイドル歌手としてデビューして、そのギャップに悩むみたいな話もあるかも知れません。しかも、出身地が田舎じゃイメージが悪いから、奥茨城村出身であることを隠し続けることになるとか・・・。

 

  そして、ヒロインのみね子ですが、近年の朝ドラでは、実在のモデルがいるせいもあって、大きな社会的成功を収めるのが普通ですが、彼女は本当に、ただの明るく可愛い一般女性で終わってしまうのでしょうか?

 

 戦争もなく、大地震もなく(断定は出来ませんが)、分かりやすい社会的成功もない、高いヤマと深いタニがない、フラットなストーリーで、半年間、視聴者の興味を持たせる(視聴率20%を保つ)ことは可能なのでしょうか?

 

 ひよっこは、明るい農村と集団就職の苦労という、地味な話をやっている割には、「かなり、実験的な一面を持った朝ドラ」と言えるのかも知れません。

 

 

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