詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

ひよっこの第53話「豊子の乱」の、理解し難い籠城戦について


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 NHKの朝ドラ「ひよっこ」の第53話は、真面目で聡明な、優等生タイプの豊子が、突如、工場内に籠城し、これまで使用してきた愛着あるものが、業者に運ばれていくことを阻止したうえで、今の自分の思いを語り出す、という内容なのですが、「なぜ、彼女は、籠城という過激な手段を、今、このタイミングで、選ばなければいけなかったのか?」、私にはよく分かりませんでした。

 

 豊子が、どれだけ、籠城を続けたところで、何らかの目的が、達成される訳ではありませんし・・・。

 

 結局、彼女の籠城の目的は(あったとしたら)、自分の思いを、誰かに聞いて欲しかった、ただ、それだけのようですし・・・。

 

 ちなみに、豊子の思いを短めくまとめると、「誰に対してかは分からないけど、喋りたいことがある。それは、これまでのように、ここでみんなと、働きたいということ。ここは意地を張らない、本当の自分が出せるところ。初めて一緒に、泣いて笑って悩める仲間が出来たところ。だから、この工場が閉鎖されるのは、やだ!」というものなんですが、そんなこと、部屋で(そうでなければ、食堂で)、みね子(寮の仲間)たちに言えば・・・としか、私には思えませんでした。

 

 そして、豊子は、こんなことも言っています、「意味がないかも知れない」、「バカだって思われるかも知れない」、「時間の無駄だって、思われてるかも知れない」、「何を言ってるのか、自分でも分からない」、きっとこれらの台詞は、彼女に憑依した、このドラマの脚本家の、岡田恵和氏自身の、心の叫び(今回の、おかしな籠城批判に対する、言い訳)でしょう。

 

 それにしても、どうして、こんな突拍子もない、「うら若き乙女は、時折、理屈じゃない行動をするものだ」なんて一般論では、納得出来ない、不可解なエピソードが作られたのでしょうか?

 

 私なりに推察してみますが、まず、みね子のルームメイトの中で、豊子だけが、時子とのケンカのような、大きな見せ場こそあったものの、主役エピソードがなかった、だから、彼女の話を作ろうと考えたのが、始まりかと思われます。

 

 次に、普段、仲が良いんだか悪いんだか、よく分からない、豊子と同い年の澄子との友情を確認するようなシーンを、二人が乙女寮から出る前に入れたい、と考えたのかと思われます。

 

 澄子が何か失敗するのを豊子が助ける、澄子が何かおかしなことをして、豊子が説教する、ではありきたりだし、豊子が主役の話としては、澄子と分散され、物足りなくなる、じゃあ、豊子に何か、意外性のある(大人びた彼女らしからぬ、ちょっと子供っぽい)、おかしなことをさせよう・・・工場立て籠りなら、豊子に長い演説をさせられるし(岡田氏には、これで視聴者を感動させる、自信があったのでしょう)、彼女を説得する人、無理やり出そうとする人、それを止めようとする人を、巧く絡めれば、面白いシーンが作れる、という岡田氏の計算は・・・ネットのドラマ掲示板の、決して少なくない、好意的なコメントの数を考えれば、正解だったのかも知れません。

 

 しかし、私には、岡田氏が、自分の思い付いた名台詞に酔って、その台詞を使う必然性(状況作り)を、おろそかにしてしまった印象しかないのですが・・・。

 

 また、業者が時間を気にして、工場内に強引に入ろうとした時、スローモーションになる演出、四十代以上の視聴者から、「金八先生じゃないんだから」と、苦笑いされるだけで、余計なことをしたとしか思えません。 

 

 尤も、金八先生は、あのスローモーションの場面のため、そこに至るまでに、長い時間をかけて、あのクライマックスに見合ったプロセスを作りましたが、ひよっこの場合は、ちょっと前に、「最近、豊子の様子が変じゃない?」というシーンを、二回(?)入れただけ・・・いくら何でも、ここから、工場立て籠りはないでしょう?

 

 最後に、つまらないことを言いますが、あの工場(建物)は、内側から鍵を掛ける引き戸ばかりでしたが、 当然、少なくとも一ヶ所は、外から鍵の開け閉めの出来るドアがあるはずで、もし、それがなければ、普段の戸締まりさえ出来ないことに・・・ですから、その鍵を、ライン長の松下が持ってきたら、別に、豊子を説得するしない、引き戸を破壊するしない、以前の問題だったと思いますが・・・ま、もし、鍵があったところで、強硬手段になんて出ないのが、向島電機流でしょうから、同じことですね、失礼致しました!