詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

ひよっこの第83話、すずふり亭の前でニアミス・コント、「志村、後ろ!」ならぬ、「みね子、後ろ!」


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 NHK・朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の第83話は、みね子の叔父・宗男が、わずか、数日の付き合いしかない、すずふり亭・あかね荘の人たちに、わざわざ一人ずつ、別れの挨拶をしていくという、何とも、このドラマの脚本家らしいエピソードが、大部分なのですが・・・最後の最後に、すずふり亭の前に、失踪中の実が登場、中から出て来た、みね子とニアミス!おそらく、多くのひよっこファンが「みね子、後ろ!」と、思わず、声を張り上げてしまったことでしょう。

 

 このドラマでよく使われる、例の、シリアスかつテンションが上がる感じの音楽を流すことで(これは衝撃的な場面だと)、何とか、取り繕ってはいましたが、演出の手法としては、ドリフターズのコントと一緒です。いわゆる、「志村、後ろ!」と同じパターンです。

 

 きっと、往年のドリフターズのコントと同じように、テレビの前の老若男女から、大爆笑されたのではないでしょうか?

 

 今回の「午前8時だよ、全員集合!」のニアミス・コント、もう一回くらい、見てみたい気もしますし、実際、ありそうな気がしないでもないですが・・・。

 

 

 今度、ニアミス・コントをやる時は、みね子と島谷が公園でデート中、良い雰囲気になって、彼女が目をつぶって、彼からのキスを待つ、例の音楽が流れる・・・その横を、実が普通に通り過ぎて行く(スローモーションで)というのは、どうでしょう?

 

 ・・・オフザケが過ぎました、これからは真面目に、このドラマについて語りますので、許してください。

 


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 すずふり亭の前で、立ち止まった実の様子は、「何故か気になる、しかし、何故、気になってしまうのかは分からない」といった感じはあっても、「この店のことを知っている」といった感じは、ないように見えます。

 

 普通だったら、自分が失踪していることを、すずふり亭の人たちに、知られているとは思ってないでしょうし、挨拶がてら、中に入っても良さそうですが、そうしないことの意味を考えると、結構、以前から、あちらこちらで噂されてきた、「実の記憶喪失説」は、かなり、有力になってきた感じがします。

 

 それにしても、最初に、実の失踪原因が、記憶喪失だと予言した人は、どうして分かったんですかね?普通は、記憶喪失のような「ドラマではありがち(使い古されたもの)、現実では、まずない(リアリティーを損なうもの)」という、メリットより、デメリットの方が大きい設定、やる訳ない、と考えるはずなんですが・・・。

 

  そして、脚本家の岡田恵和氏には、「今時、ドラマで記憶喪失」という、難題に対する、秘策でもあるんでしょうか?

 

 そういえば、奥茨城村の聖火リレーの時も、「あの時代に、あんなこと考える高校生はいない」と批判されていましたが、実際は、モデルがあった話のようですし・・・今回の記憶喪失の話も、モデルがある話(部分的には実話)なのかも知れません。

 

 ところで、本当に、実が記憶喪失だった場合、その後、一体、どうすれば、彼の記憶が戻るのか、というエピソードが、大切になってくると思いますが・・・例えば、こういうのはどうでしょう?

 

 

 ある夏の日、記憶が失われたままの実を、奥茨城まで連れて帰った、みね子は、翌日、家族で海水浴に行くことを提案する、みね子・実・美代子・ちよ子・進の五人で、バスと電車を乗り継ぎ、目的地の海へと到着、ちよ子と進が、早速、海で泳いだ後、スイカ割りをやろうと言い出し、みね子も賛成し、海の家から、スイカを買って来る、目隠しと棒も借りて来る・・・進が先陣を切って挑戦するが、上手くいかない、ちよ子が挑戦しても上手くいかない、実は、記憶喪失なので、どうも浮いてしまっている、美代子にも、子供たちにも気を使っている・・・そんな中、真打ち、みね子の登場、目隠しをして、棒を握り締め、思いっきり、振り下ろした先は・・・スイカではなく、風で転がった、スイカの位置を直そうとした、実の頭・・・痛みで砂浜を転げ回る実でしたが、何と、驚くべきことに、この時の棒で殴られたショックで、彼の記憶は、見事、蘇っていたのでした。

 

 

 ・・・最後まで、オフザケが過ぎました。以後、気を付けますので、どうか、読者の皆さん、決して、呆れたりせず、今後とも、よろしくお願い致します。