詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

ひよっこ、ハッピーエンドの最終回で、このドラマのらしさを見せつつ、感動のフィナーレ!

 

f:id:kitafumi:20170930111218j:image

 NHK・朝の連続テレビ小説「ひよっこ」 の最終回は、テレビ番組「家族みんなで歌自慢」の撮影を終えた谷田部家が、みね子の念願だった、「家族みんなですずふり亭の食事」を楽しむ中、ヒデが、みね子との結婚の報告と決意を語るという、絵に描いたようなハッピーエンドでした。

 

 良かった・・・と思うと同時に、やっぱり、ケチをつけたくなるところを、最後の最後まで、ちゃんと、散りばめている感じも、「ひよっこ」らしくて、お世辞抜きに楽しめる、良い最終回だったと思います。

 


f:id:kitafumi:20170930111244j:image

  自分がデザインした制服を着て、颯爽と料理を運ぶ、姉の姿に感激し、「カッコ良いねぇ!」と駆け寄って行く、ちよ子です。

 

「ところで、ちよ子は、何歳の設定だっけ?」なんて愚問は、最終回のお目出度い雰囲気に、相応しくないので、私は、心の中に、ずっと、しまって置こうと思います。

 


f:id:kitafumi:20170930111328j:image

  由香に、ハヤシライスの盛り付けをしてもらう進、美代子から「お姉さん、ありがとうって」と、お礼を言うことを促されると、何故か、低音かつ小声の「・・・あぃがと」で、この子役の結果的アドリブが、宗男や元治を遥かに上回る、大きな笑いを獲得することに成功します。

 

 アドリブと言えば、今回の最終回、演出家から、「どんどん、アドリブOK令!」が出ていたことを想像させるシーンが、いくつも・・・代表的なのは、愛子が何かを倒して、派手に物音を立てて、それに対し、鈴子が「すみませんねぇ、こういう具合でございました」と、変な日本語になってしまうシーン、アドリブでなければ、「すみませんねぇ、こういう嫁でございまして・・・」という台詞が用意されていたはず・・・。

 

 それにしても、愛子のやった行為が、実際、台本になかった行為だとしたら、意図的だったとしても、天然だったとしても、流石としか、言いようがありません。

 

 

f:id:kitafumi:20170930111353j:image

「みね子さんと、結婚させてください。必ず、僕らは、幸せに生きます。幸せになることを、諦めません!」 と、ヒデの結婚報告と、決意表明・・・この間、人参の皮を剥きながら、キスしていた二人が、もう、親に結婚の話、昭和の男は、平成の男より、かなり、フットワークが軽いようです。

 


f:id:kitafumi:20170930111413j:image

 ヒデとみね子の結婚の話を聞いて、感極まった宗男が「最高だよ、勝ったんだよ!悲しい出来事に、幸せな出会いが勝ったんだよ!」と声を張り上げた後 、「ゴメン、叫ぶよ、うっさいけど、ゴメンね・・・どうだぁ、人間はつええどぉ!」と、相変わらず、論理の飛躍をしつつ、叫び出す彼に、嫁の滋子が「そのへんにしとけ」と、冷静に注意勧告をします。

 

 この後の、宗男の「元治、何か、面白いこと言え!」という、いわゆるムチャぶりも、アドリブ?あるいは、これは台本通りでも、元治の台詞は、空白(強制アドリブ)?

 

「最悪だな、お前・・・何も出て来ない」と、元治(やついいちろう)は、残念ながら、あの局面では、勇気が出なかったようですが、例の彼の珍曲「♪ヒデとみね子がアッチッチ!」をやって、宗男に「小学生か!」と突っ込まれて、「お前にだけは、言われたくない!」というやり取りがあっても、良かった・・・?

 


f:id:kitafumi:20170930111524j:image
 視聴者注目の、谷田部家の重箱によって、実の記憶が甦ることはありませんでしたが、重箱の記憶だけが甦ることによって、記憶喪失は、決して、回復の見込みのないものではない、と希望への含みを持たせる、終わり方というのは・・・「記憶が完全に戻って欲しかった」、あるいは「また、記憶の選り好み(ドラマのご都合主義)」と思っている人には、不満の残る、終わり方だったかも知れません。

 

 

f:id:kitafumi:20170930111602j:image

 最終回のエンディング+エンドロールに、過去の回想ではなく、今現在を物語るシーンを流したのは、流石でしたが、そのバックに流す曲が、主題歌「若い広場」と、週タイトルになっている「涙くんさよなら(グッバイ・ナミダクン)」の2曲・・・私の個人的な好みを言わせてもらえば、どちらか1曲で、良かったと思います。

 

 主題歌でいくなら、「涙くん」は、前回の「家族みんなで歌自慢」の時、キッチリ終わらせていれば良かったし、週タイトルの「涙くん」でいくなら、放送開始すぐに、「若い広場」をかけて、最初の歌詞が出た途端に、止めて、増田明美のナレーションで「今日は、最終回で、何かと忙しいので、主題歌はお休み、桑田佳祐ファンの皆さん、ごめんなさい、でも、これまで、155回も聴いたんだから、たまには、いいですよね?」とやって、エンディング+エンドロールに流すのは、「涙くん」のみの方が良かった・・・繰り返しますが、私の好みに過ぎません。

 

 

f:id:kitafumi:20170930111625j:image

 

 ひよっこと言えば、ヤマとタニが少ないフラットなストーリーと、それをカバーするように脇役の脇役を描く、パッチワーク的構成が、大きな特徴のひとつですが、そのせいで、主役のみね子(有村架純)の存在感が薄れ、「一体、彼女は、このドラマの中で、何をしたと言うのだろう?苦労もない、成功もない、地味なヒロイン・・・」という、疑問や批判が、ネットなどで、後を絶ちませんでした・・・しかし、実際は、彼女の人生にも、ちゃんと、タニになる部分はありました。

 

 みね子の三大悲劇といっていい、「父・実の失踪と記憶喪失」、「職場と住む場所を同時に失った、向島電機の倒産」、「好き同士のまま、別れざるえなかった、島谷との初恋」・・・そして、この3つの悲劇は、「父・実を発見し、実家に戻す(谷田部家の大黒柱・実を復活させる)」、「すずふり亭とあかね荘という、充実した生活が送れる、幸福な居場所を得る」、「同僚のヒデと、幸せな結婚をする」と、ちゃんと、克服したうえで(タニから這い上がって)、主人公・みね子は、ラストの第156話を終えました。

 

 他の朝ドラのヒロインのように、ヤマを登っていく(大きな社会的成功をつかむ)という話にこそ、なりませんでしたが・・・また、幸か不幸か、ヒロインの身に起きているであろう苦労(エピソード)を、マメに挟んでくれるようなタイプの、脚本家ではありませんでしたが、何もなかったようで、何も得られなかったようで、ちゃんと、主人公・みね子自身の、ストーリー(人生)があったことを指摘して・・・この記事も終了したいと思います。

 

「ひよっこ」の放送は、もう、終わってしまいましたが、まだ、私自身は、書き足りない(論じ足りない)気持ちが強いので、この「過去の、NHKの朝ドラへの挑戦状」と言ってもいい、「ひよっこ」に関する記事は、もう、2~3本、追加するつもりです。

 

 

 興味のある方は、また、訪問してください。

 

 有り難うございました。