詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

抗がん剤治療中の母、髪の毛抜けるが、気にしてはいない

 

 今日の母の病状は、痛みもなく、食欲もあり、体温も通常まで上がり、気にしていた便通も少しあったようで、精神的にも安定していて、いかにも好調です。

 

 朝から、お粥、チーズ、杏仁豆腐、ソフトクリーム、煎餅、チョコレート、ビスケットなどを少しずつ食べ、飲み物も、青汁やコーラやアーモンドミルクを飲み、今日の母のカロリー摂取量は、退院以来最高の、500キロ後半くらいにはなるでしょう。

 

 しかし、抗がん剤の副作用で、髪の毛の方は、少し前から、派手に抜け出していて、てっぺん、後ろ、両サイドは、もう、三割くらいしか髪が残っていません。前髪の方は、何とか、半分以上残っていますが、これも時間の問題でしょう。

 

 母本人は、頭髪が抜けることなど、全く気にしていないらしく、帽子もしないで、自分の部屋を出て、縁側で日向ぼっこをしたり、誰か(親戚ではありますが)と会ったりするので、私が「帽子!」と、注意したりします。

 

 母は、そんな私に、反発することもなく、「確かに、いくら私が気にしなくても、近所の人が見たら、驚くだろうし、何を言われるか分かりゃしない」 と素直に、帽子をかぶり出します。

 

 ちなみに、この「抗がん剤治療で脱毛中の人用の帽子」を店で買った時も、大勢の人がいるのに、母は、かぶって来た毛糸の帽子をすぐ脱いで、その場でかぶろうとしたので、私は「車の中に入るまで、待てないかね?」と、苦笑してしまいました。

 

「早く私も、瀬戸内寂聴みたいな頭になりたい。あんな風になれば、帽子なんかかぶらなくても、見た人が私を、出家して仏門に入った人だと思うだろうし・・・」と、母が私に言いました。

 

 確かに、今の母の、中途半端に髪が残っている状態よりも、寂聴ヘアーの方が、見た目も機能性も上でしょうが、 母の頭を見た人に「出家して仏門に入った人」と、思わせることに何の意味があるのかは、私には分かりません。