詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

ひよっこの第97話、みね子と島谷の、別れ話の内容について

 

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 NHK・朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の第97話は、ひとことで言えば、バー・月時計で交わされた、みね子と島谷の「別れ話」の回でした。

 

 みね子が、島谷のことを気遣い、敢えて嫌な女を演じ、身を引くという、セオリー通りの展開ではあったものの、みね子と島谷のキャラクターと、「普通は○○」という一般論との折り合い、ドラマとリアルの折り合いが、珍しく(失礼!)、きちんとしていたので、いつもの「綺麗事のファンタジー」ばかりではない、見応えのあるシーンとなっており、この回の放送を「陳腐!」と、言い切ってしまう人は、余程、心が荒んでいる人かと思われます。

 

 

 二人の別れ話の中の、島谷の台詞のいくつかです。

 

「謝らなくちゃいけないことがあるんだ(縁談の話を黙っていたこと)」

 

「家族と、縁を切ることになると思う」

 

「僕の好きな人は、みね子ちゃんで、ずっと一緒に生きていきたい」

 

「(縁談を断ったら、島谷家・製薬会社は、どうなる?)わからない」

 

「大学はやめる。仕事を探す。何も持ってない人になるんだ。貧乏になるかも知れない、ゴメンね」

 

「お金なんか無くても、自分らしく生きられれば・・・」

 

「(立ち去る間際)有り難う。素敵な人を好きになれて、良かった」

 

 

 二人の別れ話の中の、みね子の台詞のいくつかです。

 

「(家族も捨てるという、島谷の決意を聞いて)嬉しいです。有り難うございます」

 

「(島谷の金銭に関する甘さを知って)島谷さん、まだ、子供なんですね」

 

「貧しくても構わないなんて、それは知らないから言えることです。お金がないということが、分からないから言えるんです」

 

「お金がない人で、貧しくても構わないと言える人は、いないと思います」

 

「(お金がない私が)明るくしているのは、そうやって、生きていくしかないからです。生きていくのが、嫌になってしまうから、そうやって、頑張っているだけ・・・」

 

「島谷さんは、みんなが欲しいと思っているものを、自分で捨てるんですか?」

 

「島谷さん、私・・・親不孝な人は嫌いです!」

 

 

 みね子が心の中で「何も言わなければ、時が止まれば(別れないで済む)」と考えている中、「みね子ちゃん、先に出るね」と島谷・・・彼は、深々と頭を下げた後、店から出て行く、この恋が終らなければ、みね子に渡すはずだった指環を、携えたまま・・・。

 

 バーの中の掛け時計が、午前十二時を告げ、みね子のシンデレラ・ストーリーが終わり、彼女は二十歳になる、誕生日のみね子を探して、やって来た時子、事情を聞いて、二人で涙の抱擁・・・こういった演出を、巧いと思うか、クサイと思うかは、当然、人それぞれだと思いますが、少なくとも私は、良いシーンだと感じました。

 

 私、本来、クサイ演出は嫌いなんですけど・・・みね子と島谷の別れ話の内容が、想像していたより、まともだったせいかも知れません。

 

 ネットの掲示板などを見ると、「別れ話になるかも知れないのに、邦子という、みね子にとっても、島谷にとっても、知り合いのやっている店へ行くのは、おかしい」という指摘も、結構、あるようですが・・・そこが、島谷という男のいやらしさで、みね子の性格上、別れることになることも、充分、想定して、邦子という第三者に、「自分は、今の恵まれた地位を、捨てる覚悟だった。決して、縁談のために、彼女を捨てた訳ではない」と、アピールしたかったのでしょう。

 

 ま、ドラマの都合で言えば、「日付が替わって、みね子の二十歳の誕生日、彼女は、失恋を経験することで、一段と大人になった」とやるのに、最もふさわしい場所が、深夜でもやっている、時計だらけの、親友・時子も駆けつけやすい、あのバーだったというだけでしょうが・・・。

 

 

 それにしても、もし、みね子が島谷家の安泰のために、身を引くことなく、島谷からの指環を、普通に受け取っていたら、「これから家族と縁を切る覚悟の男」が、おそらく、自分の稼ぎで買った訳でもない指環を、彼女にプレゼントするという、ひよっこの世界観とは違う、ブラックユーモアが成立していたことに・・・そう考えると、このカップル、最初から別れることが、運命だったのかも知れません。