詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

わろてんか、視聴率下落へのカウントダウンは、もう、始まっている?

 

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 NHK・朝の連続テレビ小説「わろてんか」は、エピソードの手数と、その早期解決、段階を無視した、結果ありきのストーリー展開が、一部の視聴者に、ある種のカタルシスをもたらしているうえ、ベタな笑い、ベタな恋愛観、ベタな家庭観、そして、ベタな朝ドラ・ヒロイン像と、怒濤のベタベタ攻撃が成功し、序盤の視聴率は、常に20%前後と、及第点が続き、このまま、最後まで、同じようなスタイルを継続すれば、平均視聴率20%超という好結果も、決して、非現実的なものではないように思えます。

 

 しかし、この「わろてんか」は、視聴率こそ、NHKの朝ドラという、ブランド枠に相応しい、それなりの数字を、叩き出してはいるものの、ドラマ自体の質は、残念ながら(あくまで筆者の意見ですが)、「朝ドラ史上、最低」と言っていいレベルかと・・・。

 

 特に問題があるのは、脚本で、各キャラの過去が、ドラマ上、描かれないだけなら、まだしも、おそらく、脚本家は、大半のキャラの過去を、まともに、想定すらしていません。更に、ドラマ上あった事実(その後の過去)さえ、忘れられていることが多く、過去にあったことと、今現在の整合性がつかない、違和感のある場面(特に台詞)があるのは、ほぼ、毎週のことで・・・もしかしたら、このドラマの脚本家の、吉田智子氏の記憶容量は、大体、約一週間なのかも知れません。

 

 また、吉田氏は、話を進めることは得意でも、話を膨らますことは、全く、出来ないらしく、天然自然に、本来なら必要とされるシーンを、省略してしまう傾向が強いだけではなく、脇役の脇役を掘り下げるような、エピソードをやらないし、キャラの組み合わせ(絡ませ方)を変えることで、話を膨らまそうともしないし、食い散らかすばかりで、終わったエピソードの再利用もしないので、とにかく、話が膨らまない・・・この調子では、どれだけ、新キャストを投入しても、史実エピソードを織り込んでも、歴代朝ドラのアイディアを借用しても、NHKの朝ドラの、全150回超の長丁場を、一定のクオリティーを維持しながら、乗り越えていくことは、おそらく、難しいでしょう。

 

 ハッキリ言って、吉田氏は、「ストーリーとは無関係な、無駄なシーンを、面白く描くセンスに乏しい」脚本家であって、それは、NHKの朝ドラを成功させるにあたって、致命的な欠点と言えます。

 

 それに加えて、吉本せいをモチーフにしているのに、「お笑い」、「寄席の経営」、「芸能事務所の経営」というものに、吉田氏は、さしたる興味も知識もない(あくまで筆者の推測)、ゆえに、オリジナルの面白いエピソードを考えようとしても、大したことは思い付かない、だから、「恋愛要素」と「家庭要素」を大きくして、今は、何とか、持ちこたえてはいるものの、この二つの要素が、吉本せいの人生にとって、あるいは、吉本せいの人生に興味のある、視聴者にとって、メインテーマではないことは、間違いないうえ、吉田氏が比較的得意らしい、「恋愛(家庭)」の話すら、既に(この記事を書き出したのは、第10週終了時点)、話が重複してしまっている・・・つまり、今後は、脇役の恋愛話を描かなければいけなくなる(たとえば、風太とトキだったり、伊能だったり、リリコだったり、成長した隼也だったり)、しかし、これ(サイドストーリー)をやり出すと、メインストーリーが停滞するので、これまで、ヒロイン夫婦の成功の急展開が、売りだっただけに、視聴率に響く・・・かといって、「お笑い」、「寄席の経営」、「芸能事務所の経営」という、本来、物語の中心となるべき、これらの要素と、吉田氏が、真正面からぶつかって、面白い話を描けるような脚本家ではないことは、既に証明されていると言ってもよく(申し訳ないが)、こちらも期待出来ない・・・東京進出・関東大震災・通天閣買収・第二次世界大戦と、史実エピソードで、見せ場を作ればいい?おそらく、東京進出と通天閣の話は、これまでの、寄席を手に入れる話と変わらない、「こんなに、あっさり、上手くいっていいの?」というものだろうし、吉田氏に、関東大震災や戦争絡みのシリアスな話で、何週にも渡って、話を引き延ばせるだけの、力量もないでしょう。

 

 という訳で、吉田氏の、これまでの「わろてんかパターン」で、話を作っていっても(進めていっても)、かなりの尺が余ることが、予想され、それを埋めようと、「やるなら、もっと前に」と突っ込みたくなる、今更な脇役のサイドストーリーや、センスの感じられないコントチックなシーン、ただでさえ、ベタな恋愛(家庭)のエピソードを、人だけ変えて、繰り返してしまうこととなり、視聴者から(ファンといっていい人たちからも)、きっと、飽きられてしまうのではないでしょうか?

 

 藤吉や伊能、場合によっては、てんの息子の隼也の死を、ドラマチックに描いて、尺稼ぎ+視聴率稼ぎをすることも、可能ではありますが、そこに頼り過ぎれば、「わろてんかは、死神(吉田智子氏)に、とり憑かれたドラマ」と、揶揄されてしまうことだけが確実で、視聴者の評価がどう出るかは、ギャンブルでしかないでしょう。

 

 そして、今後、若きヒロイン役の葵わかなが、自分の実年齢の、倍以上のてんを演じることも、視聴率における、大きなリスク要因であることは、間違いありません。

 

 

 だから、私は、この記事のタイトル通り、こう思うんです。

 

 

 わろてんか、視聴率下落へのカウントダウンは、もう、始まっている!