詩と寓話とシュールレアリスム

タイトル通りのテーマです。シュールな詩と寓話を書きます。たまに、ブログの話やテレビの話、日常生活にあったことを書こうとも思います。

anone(あのね)の第6話、倫理的ではないから、不快ということはなく、その非常識が面白い!

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 日本テレビ「anone(あのね)」の第6話を観た、感想です。


 このドラマは、「ハリカという主人公がいて、彼女にとって大切な存在である、彦星との関係(未来)、亜乃音との関係(未来)が、どうなっていくか?そこに、他の主要な登場人物が、偽札作りを軸に、どう絡んでいくか?」が、基本の構成になっている割には、ハリカと彦星が、ネット上でしている会話が、最もつまらなく、ハリカと亜乃音が、1対1でしている会話が、二番目につまらないという、致命的な欠点を抱えており、総合的にみれば、質の高い作品でありながら、視聴率が低迷する(また、主人公の存在感が埋没する)理由も、頷けます。


 このドラマの面白いところは(あくまで筆者の意見ですが)、主要な登場人物たちの、家族のエピソードではないかと(たいがい、嫌な話ですが)・・・第6話で言えば、亜乃音が、血の繋がっていない娘・玲に、ひっぱたかれるシーン、彦星が、実の父親から、「(医師の話によると)頑張れば、1年は生きられるらしい」と聞かされ、「嬉しかった」と思うシーンのような、倫理的(常識的)とは言えないシーンに、妙な魅力があると思います。


 各登場人物も、純粋(ハリカ)だったり、親切(亜乃音)だったり、良識(彦星)があったりする、この3人よりも、普通の人でありながら、どこかおかしい、青羽や持本の方が、筆者には魅力的に見えますし、この2人よりも、飛び抜けてダークな、中世古(あるいは、既に亡くなっている西海)の方が、筆者には、一段と、魅力的に見えます。


 このドラマのテーマは、「究極の人間愛」だそうですが、筆者には、「個人と、個々の関係と、集団と、社会の兼ね合いが、上手くいっていない、現代社会に対する、前向きな建設的意見・・・ではなく、徹底した、それでいて、直接的ではない、民主主義(多数決)、あるいは、世間体(無責任な世論)に対する、揶揄」こそ、真のテーマ(もしくは、結果的テーマ)のような気もします。


 そういう意味では、「anoneは、倫理的じゃないから、不快、と感じる、私は正しい」と思い込んで、ネット上で、「あのシーン(キャラ)がいかん!こっちのシーン(キャラ)もいかん!」と、批判している人などは(意外と、多いようですが)、まさに、制作側の掌の上で、転がされている(自分が揶揄されているのに、気付かないで、「けしからん!」と批判をして、得意になっている)ようなものでしょう。



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 さて、話は変わって、このドラマでは、偶然の怖さが(物語上の御都合主義も含め)、何度も描かれていますが、今回の第6話でも、「宛先も分からないのに、亜乃音が、失踪した娘に書いた手紙を、失踪先を知る夫が、気を利かせて、娘に渡したものの、娘はライターで、その手紙に火を点け、燃やし、それを見ていた(影響された)、亜乃音の幼い孫が、中世古によって、敢えてテーブルに置かれた、母親のライターを使い、幼稚園の手紙を燃やし、アパートが火事になり、一人の死者が出る・・・そして、この事件があったせいで、亜乃音も、彼女の夫も、中世古に脅され、偽札作りの手伝いをすることになる」という、偶然の大連鎖がありましたが、亜乃音が、娘に手紙を書いたことが、発端で、結果的に、孫が人を殺してしまう・・・というのは、ドラマという作り物だから、当たり前とはいえ、偶然というより、運命的なものを感じます。


 最後になりますが、今回の第6話のハリカの台詞に、「みんなと仲良くなれなくても、きっと、いつか、仲良くなれる人が現れるよ」というものがありましたが、もしかしたら、この「anone(あのね)」の制作陣も、「今は、視聴率が取れなくても(みんなと、仲良くはなれなくても)、きっと、いつか、評価される日がくるよ」とでも、思っているのかも知れません。